自分の目で確かめて、彼の国を知り、我が国を知る
 global understanding 最近更新 Aprl 23 , 2009 

 実際に自分の目で確かめて記録していきます。文字は、そこにある事実のみを書くように努めます。

(1)自由の鐘

  アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアにある「自由の鐘(Leberty Bell)の
レプリカが日比谷公園にあります。

自由の鐘 自由の鐘(日本語銘板) 

写真(左は)防護柵と鐘の表面に記載されている文字から、この愛宕通りに面している面が正面だと思われます。
正面には、英語で書かれた碑文が置かれています。 写真(右)は反対側からの写真で、日本語の碑文があります。
(鐘に記載されている文字については、liberty bell philadelphia で検索してみてください)

平成21年4月現在、Googleで「自由の鐘」「日比谷公園」で検索すると4070件がヒットしましたが、トップにある
http://pddlib.v.wol.ne.jp/photo/chiyoda/bell.htm では、英語の碑文と日本語の碑文が掲載されています。
残念ながら、日本語の碑文通りの内容しか掲載されていないWeb文書が多いようです。前述の文書のように
「この鐘の塔にある日米の碑文の違いにも時代が感じられます。 」といった記述はほとんど見あたらないばかりか、
「この鐘は300年くらい昔のものらしい」という記述すらありました。ちなみにこの時点でのwikipediaに、日比谷公園
にレプリカが存在することは記述されていません。

<写真をクリックすると拡大表示します>ので、ご自分の目でその差を確かめてみてください。ちなみに、これが
設置されたのは、日本が Occupied Japan から脱した、昭和27年だそうです。

英語碑文 日本語碑文

 

P.S.
 「レプリカ」と言うと「本物ではない」と捉える人が多いのですが、恐竜展で展示されている実物大の恐竜の骨は「レプリカ」
です。実物ではあのような展示はできないからです。「レプリカ」のその心が伝わるように正確につくられた情報伝達物質
だと思います。それはともかく、本物の自由の鐘は、一発鳴らしただけでひびが入り、その後何回も作り直されているようです。

================================================================================================

わが身を振り返って 最近更新 June 23 , 2017
戦後の教育の中で最も抜け落ちてしまったのは「戦争に関する」ことだと思います。 教科書に記述されている現代史部分は最後ですから,小中高校では授業が追いつかずに終業式を迎えることも珍しくありません。
 1500年代スペインによりアステカ帝国インカ帝国は滅ぼされ植民地とされ、1800年代にはイギリスが清での麻薬収益確保のためアヘン戦争を起こし、多額の賠償金や香港を奪いました。そのような世界情勢の中、明治・大正・昭和と日本は国として生き延びてきました。どうしてそうできたのか、さらには第一次世界大戦を経て、太平洋戦争はどう戦ってきたのかは、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」安全と生存が保持されてきたとされ、教育では触れてはいけないように位置付けられてきたように思います。  平和な今だからこそ、過去の戦争や諸国の考え方についてしっかり学ばないといけないのではありませんか。
  私たち日本人は、奴隷にされた多くの人たちと同じように、豚や牛のように殺しても当然と言い放つ大統領によって、原爆の犠牲になっていたようなのです。

================================================================================================