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 ブログ 

〈1〉筆者略歴(このページ)
〈2〉MOS6502(このページ)
〈3〉PC-8001(このページ)
〈4〉マイコン時代の周辺機器
〈5〉PC-9801
〈6〉パソコン通信
〈7〉FACOM 230, HITAC M-240H M-260D
〈8〉マイコン⇒パソコンを支えた雑誌
〈9〉RaspberryPi
〈10〉LogicoolFlowの問題解決 追記 2021.05.17
〈11〉プログラマブルテンキー

 


JH1IFZ電算機略歴

① CRT ディスプレイと Solid-State RTTYの開発(東京理科大学無線研)
② Homebrew MOS 6502 TIM base computer system
③ Machine lang,Assembler,2K-BASIC,Sweet sixteen移植
④ add TEAC MT-2 operating system
⑤ PC-8001,PC-8201
⑥ SPARK10
⑦ PC9801E
⑧ FACOM 230-25,HITAC M-260D 汎用機運用とシステム開発
⑨ YE-NET(BBSforTeachresシステム開発と運用 DeSmet-C)
⑩ Macintosh SE ,Macintosh PowerBook
⑪ Hyper card
⑫ CPM-86,MS-DOS,Windows3.0 on PC-9801
⑬ 教育用プログラム開発(BASIC,C,ASM) ⑭ Windows on IBM-PC
⑮ 学校・団体用 Webページ製作
⑮ brackBerry,iPad,iPhone,MacBookAir
⑭ Visual BASIC,MS-C,ACCESS(業務用受注伝票システム)
⑮ 機器組込プログラム開発 PIC,raspberry-Pi,arduino

6502・PC-8001
 コンピュータへのチャレンジは、モステクノロジー (MOS Technology, Inc.)の6502マイクロプロセッサを入手したことから始まりました。6502はモトローラのMC6800を技術者がスピンアウトして設計に携わったといわれています。私は当初6800で自分のコンピュータを作ろうと思い、英文のマニュアルを読んでいましたが、6502のアーキテクチャが洗練されていて動作速度も速くすぐに気に入りました。特にゼロページアドレッシングは・・好きでした。たまたま6502を入手できたことにより急遽6502ベースでの設計に取り掛かりました。6502だけだと、当時はやっていたスイッチを並べたレジスタから起動プログラムを入力する(こればまた当時かっこよく思えた)のですが、このプロジェクト以前に大学の仲間とラジオテレタイプASR33コンパチのCRT端末をアマチュア無線のラジオテレタイプ用に開発してあったので、CRTディスプレイを利用し、6522TIM (Terminal Interface Monitor)のち6530 VIA を使ってOS相当部はTIMにまかせたマシンを作り上げました。ここまでコーディングはすべてマシン語の世界で、ジャンプ命令は 20 C6 72 (72C6にジャンプ)などとコーディングしていました。その後、紙テープからEEPROMに2KBASICを焼き付けたり、APPLE II のレジデントアセンブラも取り込み、SWEET SIXTEEN という疑似16ビットコードを走らせて遊んでいました。教育の世界で仕事をしておりましたので、成績処理などのプログラムをBASICで書いて実用に供していました。 PC-8001に座を明け渡すまでは。。。

自作マイコンの時代

モステクノロジ社6502を使った自作マイコンボード

モステクノロジ社6502を使った自作マイコンボード

モステクノロジ社6502を使った自作マイコンボード(左)、2102SRAM 1kビットx8x2ボード、2102 1kBボード、NEC EE-PROMボード(右)

 CPUはモステクノロジーの6502、それにVIAの6530を接続し、テレタイプ社のASR32コンパチでTV画面上に表示するCRTディスプレイに文字を表示させました。6502はその後ニンテンドーのファミコンにも採用された安価で高速なCPUでした。

その頃の周辺機器

アマチュア向けの手回し式紙テープリーダー MY READERです

紙テープリーダーとパンチャー

紙テープに穿孔された情報を読み取るためのリーダーで(恐らくは)アマチュア用に初めて市販されたものだと思います。

 この頃 私が使っていたのは、7ビットのASCIIコードでしたが、汎用機ではEBCDICコードが使用されていました。穴の開いたテープを見てコードが読める人もいました。テープを鋏で切って張り合わせるのが編集でした。

パソコン通信・PC-9801

パソコン通信 YT-BBS

「パソコン通信」時代の記録

1985年、横浜にあった横浜戸塚BBS。パソコン通信の黎明期、まだ 「NIFTY-Serve」(1987~2006)や、「PC-VAN」(2001年サービス終了)が運用を始める前の世界です。 SysOPの小野隆夫氏が逝去されたので、JH1IFZ吉田がその記録を残します。

 その昔、電話線にモデムを接続する事が許されていなかったので、黒電話の受話器を「音響カプラー」にはめ込み、電話をダイヤルして接続することからパソコン通信は始まります。 その後、電話回線が解放されモデムが接続できるようになり、私はPCを24時間運転し「YE-NET」とういう教員専用のBBS(buletin board system)をDesMetCで記述した自作BBSシステムで動かしていました。
NTTから電話代として1500万円請求された事もありました。(勿論NTTのエラーです)このDeSmetCはバグも多く、バグを回避しながらコーディングした思い出があります。一方、アマチュア無線では、前述の小野隆夫氏と一緒に米国より個人輸入したPKT-1(キット)を用いて98NOTEでパケットの運用を始めました。このYE-NETのシステムをベースに、小野隆夫氏が運用を始めたのがYT-BBSです。

PC-9801E動態保存

【 PC-9801E 動態保存 】

98は20MBの5インチHDD,8インチFDD,3.5インチFDD,モニターとともに完全動態保存しています。(当時の価格でHDDだけでも20万円)さすがにメモリースイッチ保存用のリチウム電池は交換していますが、その他の部品はケミコンも含めて生産時のままです。この時代はパソコンも汎用機の部品が多用されていたためか非常に丈夫です。ソフトウェアはNECオリジナルのOSから、CPM-86やMS-DOS,Windows1.0をはじめアセンブラ、Cコンパイラからゲームまで8インチFDDで保存しています。ソフトウェアもすべて動作可能です。

汎用機 FACOM 230, HITAC M240H M-260D

この項は書きかけです。

  これって何年振りかの書き込みです。98の前には自作の6502機があり、98のあとにはMacintoshSEが続き、iPadProやMacBookAirへと続いています。これを書いているのはCore i7機です。今日までたどりつけるよう頑張ります。(ほんとかな?)

時代の先端を走った雑誌たち

INTERFACE(フロッピーROM付録)BYTE

世界のコンピュータ誌

電子展望ASCII 

日本のコンピュータ誌 

SuperASCII

 Super ASCII

なんと、Google 画像検索で見つかるのはここだけでした。 Super ASCII はどこへ?

PC修復


 東芝Dynabook TX2513CMSW
 の HDDリカバリー

TeraStationの復旧

 

WindowsHomeServer運用報告

2009-2013年1月
現在はWindowsServer2012R2

   
【Tips】